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2021年4月24日土曜日

土偶のダブルハの字文

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 7

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「縄文人の通過儀礼」を学習します。

1 ダブルハの字文

この節では土偶と風俗にかんする研究・論争の歩みに触れるとともに、縄文時代に通過儀礼として顔のイレズミ、抜歯などが存在し、縄文後晩期になるとそれらが強化され、社会の危機的状況と対応していることが述べられています。

この中で高山純著「縄文人の入墨」にもとづいて、「ダブルハの字文はイレズミを実際に表現するもっとも古い様式だといっていよい。」と記述されていて、興味が深まります。次の写真が例示されています。


ダブルハの字文の顔のある土器

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


同上拡大

土偶に描かれる様々な文様のなかでダブルハの字文がイレズミと特定された研究について知りたいと思いますが、残念ながら高山純著「縄文人の入墨」はwebで検索しても千葉県立や千葉市立図書館を検索してもありつくことが出来ませんから、いつかありつけるまで我慢することにします。

2 これまで観察した土偶のダブルハの字文

これまで展示施設で観察してSketchfabに投稿した土偶3Dモデルは40弱ありますので、それをざっと見てみました。

ダブルハの字文と思われるもの1点とそれダブルハの字文以外の線分が顔に描かれたもの7点を確認しました。

2-1 ダブルハの字文


ダブルハの字文と考えられる例 

2-2 ダブルハの字文以外の例


「ダブル逆ハの字文」とでも呼べる例


逆「ハの字」で多数線分


逆「ハの字」で線分1本


ハの字+目の下+顎 ?


逆「ハの字」で多数線分


逆「ハの字」3本+目の下


目から放射状

3 感想

これまで口元の逆「ハの字」線分は土偶(女神)が殺害されるときに口から出る血しぶきを表象していると空想してきています。

高山純著「縄文人の入墨」を入手できて読んだとき、どのような感想が自分の中に生まれるのか、超楽しみです。

後晩期土偶は生贄の身代わり土人形(女神)であると想像しています。


2020年6月29日月曜日

精神文化の高揚

山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)学習 32

「第四章 人口の増加と社会の安定化・社会複雑化の進展 前期・中期(Ⅲ期)」の「6 精神文化の高揚」を学習します。

1 男と女からなる世界観の確立
・縄文時代遺物には男性性と女性性を象徴したものが多い。
・石棒を石棒を用いた祭祀の中には、性行為時の男性器のあり方、すなわち「勃起→性行為→射精→その後の萎縮」という一連の状態を擬似的に再現する、「摩擦→叩打→被熱→破壊」という動作が組み込まれていたと考えられる。
・土偶祭祀は前期からスタート。土偶出土総数は2万点で4万点存在するとしても全国平均で年間8点ほど製作された。
・土偶は妊娠した女性をかたどっている。

出産光景の土偶
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用

・土偶と石棒は対をなしてセットで出土した事例は乏しく、それぞれ独立した祭祀体系を有していた可能性が高い。
・大型石棒と石皿、埋甕と石棒の組み合わせで生殖行為を表現。
葬送や住居の廃絶儀礼で模擬的・象徴的な生殖行為が演じられていたとして、このような祭祀の象徴的存在である大形石棒は、祖霊観念と結びついていたとしている(谷口2006)。

動物の交尾をうつした土器
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用
・縄文時代の人々の残した遺物そのものやその出土状況には、男性性と女性性、そしてその交合が強く表現されている。これは、…縄文人にとっては、世の中のものが大きく男と女に区別することができ、この二つが交わることによって新たな生命が誕生し、あるいは再生されると信じていたことを表している。
・男女の交わりが病気や怪我の快癒などヒトに命だけでなくあらゆる生命の復活・再生に対しても影響を与え、効果を発揮した。
・石棒や土偶による男女交合をモチーフとした祭祀で豊穣と再生産を促すと信じられていた。

2 屈葬の意義
・屈葬は縄文時代の人々の再生観念を表している。
・日常的に目に入る場所に墓域を設けている。

埋葬姿勢
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用

3 縄文の基本的死生観・「円環的死生観」
・土器棺墓や土器埋設遺構が縄文時代の円環的死生観を具現化している。
・土器を女性に身体(母胎)になぞらえている。
・「回帰・再生・循環」

4 生を産み出す女性の象徴としての土器

出産文土器
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用

出産風景をうつした土器
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用
・出産とは「回帰・再生・循環」の世界観を具体的に体感できる象徴的な事象。

・土器埋設遺構に埋納されたものはヒトだけでなく動物や木の実、黒曜石、石斧などがあり、より多くあってほしい、豊かな恵みをたくさんとることができるようにという祈りであり、祭祀があった。
・出産時母親死亡は「回帰・再生・循環」の環が絶たれる精神的危機であり、妊産婦の埋葬は特殊で、呪術的対応で思想的危機を乗り越えた。

5 古くから存在した「円環的死生観」
・後期旧石器時代の沖縄県港川人は縦に割けた大きな割れ目から見つかり、そこに意図的に入れられた可能性もあり、母胎内から再生するという死生観をもっていた可能性がある。

6 メモ
・学習を進めていくうえで「回帰・再生・循環」という死生観を遺物・遺構・遺跡から汲み取ってみたり、逆に投影してみたりすることが大切だと感じました。
・男女交合が生命復活再生・恵みの豊穣再生産に不可欠な祭祀モチーフであり、その演出道具が石棒と土偶であることを知りました。


2020年4月21日火曜日

複雑な精神文化の芽生え


山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)学習 16

「第二章土器使用のはじまり草創期(Ⅰ期)」の「4 複雑な精神文化の芽生え」を学習します。

1 複雑な精神文化の芽生え 概要と感想
1-1 土偶の出現
・草創期土偶出土例
三重県粥見井尻遺跡…乳房を表現した土偶2点出土
滋賀県相谷熊原遺跡…女性上半身を想像させる土偶出土
鹿児島県掃除山遺跡や愛媛県上黒岩岩陰遺跡…女性を思わせる線刻画石製品(線刻礫)出土
・これらの資料は、素材を問わず明確な乳房の表現があることから女性をかたどったものと考えられるが、その具体的な用途、使用場面は現状では不明な部分が多い。しかしながら、この段階で女性に対する「なんらかの特別な視線」が存在したことは肯定できるだろう。その場合、やはり生物学的にも女性にのみ可能である妊娠・出産という、新たな生命を産み出す特性に注目せざるをえない。

滋賀県相谷熊原遺跡の土偶
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用

→この説明の通りだと思います。次の2点について、共感と違和感という反対方向の感想を持ちましたのでメモしておきます。
ア 「複雑な精神文化の芽生え」という表現
妊娠出産育児に対する強い感情や奥深い精神活動は旧石器時代から引き続き存在していたと考えます。草創期から生まれたということはあり得ません。しかし、草創期からその強い感情や奥深い精神活動を土偶や線刻礫として表現して、それを呪術道具として活用し始めたということができます。強い感情や奥深い精神活動が呪術道具を使うことによって整理され、体系化され、豊かになり、子孫に伝わりやすくなったと想像します。おそらく道具は祈願のための言葉(呪文)と一体のものであり、その言葉(呪文)が多くの困難・障害克服にきわめて有効であったに違いありません。このような社会状況発生を「複雑な精神文化の芽生え」と表現することは大変適切で共感します。
呪術道具の発生=祈願の言葉(呪文)の発生と考えます。言葉(祈願に関連するテクニカルターム)が縄文草創期に豊富化したに違いありません。

この「複雑な精神文化の芽生え」の契機となるものが土偶であると考えます。
土器発明により、いわばその副産物で好みの造形が土製品として作れるようになって、土偶(呪術道具)が生まれ、それにより祭祀活動が豊かになるという社会発展側面を見ることができます。

イ 「女性に対する「何らかの特別な視線」が存在」という表現
揚げ足取り的、言葉尻的な違和感ですが、「女性に対する「何らかの特別な視線」が存在」という表現は男性が(あるいは社会一般が)女性を見ているような表現になっていて、違和感を感じます。
乳房を表現した土偶は、女性自らが作り、女性自らが使ったと考えます。土偶づくりで男性が関わるとか、その利用で男性が関わるとは考えられません。「女性に対する「何らかの特別な視線」が存在」したのではなく、女性が自らの社会使命(存在意義)である妊娠出産育児の成功を祈願する道具(とそれに付随する言葉(呪文))を発明したということが特筆されるべきであると考えます。

最寒冷期神子柴・長者久保時代に女性によって調理道具としての土器が発明され、草創期に同じく女性によって妊娠出産育児の祈願道具である土偶が発明されたと考えます。

1-2 墓のあり方
・草創期墓は多くない
栃木県大谷寺洞窟遺跡
・墓に関する資料はフェイズ3から増加
長野県仲町遺跡…近接土坑墓3基、埼玉県打越遺跡…実用品副葬、福島県仙台内前遺跡…実用品副葬
→追って詳しく学習することにします。

1-3 当時の社会構造
・草創期の段階において社会構造にまで迫れるような良好な資料はほとんどないが、大分県教育庁の綿貫俊一は、愛媛県上黒岩岩陰遺跡の事例を取り上げ、この難問に挑んでいる(綿貫二〇一四)。綿貫は、上黒岩岩陰遺跡から出土した女性像が刻まれた線刻礫に注目し、これを女性の持ち物と見なした。その上で、仮に上黒岩岩陰遺跡のある久万高原から海岸部や平野部への婚姻などによる女性の移動、あるいは双方向における夫方居住婚や、居住形態としての季節的な移動があったならば、海岸部や平野部でも線刻礫は見つかるはずだとし、現状では上黒岩岩陰遺跡以外に出土例が確認されていないことから、結婚後も集落に女性がとどまるような婚姻形態(夫が集落にやってくる妻方居住婚)が採られていたと考えている。 また、綿貫は線刻礫を用いる儀礼が長期にわたって存在した可能性を指摘するとともに、上黒岩岩陰遺跡四層から出土した人骨には女性骨が多いという点から、早期においても妻方居住婚が存在したと考えている。通常、妻方居住婚は母系的な社会に見られることが多いということを勘案すれば、草創期から早期にかけてこの地域には母系的な社会が存在していた可能性が指摘できるだろう。

→大変興味深い記述です。しかし詳しい資料を読まなければ「そうなんだ!」と膝を手で思わず打つような実感がわきません。学習になりません。資料を入手して学習を深めたい遺跡です。しかし図書引用文献は現状では入手が不可能なようです。資料入手機会をうかがいたいとおもいます。
なお、国立歴史民俗博物館研究報告154集及び「縄文文化のはじまり 上黒岩岩陰遺跡」(小林謙一、新泉社)が入手できましたので、この遺跡は特段の興味が湧きますので、寄り道学習をしてみることにします。
→上黒岩岩陰遺跡の線刻礫の意義がわかりかねています。何故土偶ではないのか?なぜ線刻礫出土例がほとんどないのか?…??本当に女性用?

上黒岩岩陰遺跡出土石偶 国立歴史民俗博物館研究報告154集から引用

2 参考
2020.04.20Twitterで三上みみ様の相谷熊原遺跡出土土偶紹介ツイートをリツイートさせていただきました。そのリツイートで次のように書きました。
「私は最初の土偶は母乳が出て乳児を餓死させない祈願だと考えました。首の穴に紐を樹液等で付けて身につける。小さいので女性個人専用で集団「祭祀」活動などと無関係と想像しています。」

Twitterの画面

2020年4月13日月曜日

草創期フェイズ3の学習

山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)学習 14

「第二章土器使用のはじまり草創期(Ⅰ期)」の「2 草創期における各様相」の「フェイズ3におけるさまざまな展開」を学習します。

1 フェイズ3におけるさまざまな展開 概要と感想
・寒の戻りであるヤンガードリアス期の頃で、およそ一万三〇〇〇年前から一万一五〇〇年ぐらい前のことである。

参考 旧石器時代末から縄文時代にかけての狩猟具の変遷と気候変動
堤隆著「狩猟採集民のコスモロジー 神子柴遺跡」(2013、新泉社)から引用・加筆

・この時期に使用された土器…爪形文土器群、多縄文土器群、表裏縄文土器群
・「遺跡の立地をみると、山間部へと分布が拡大していくさまが読み取れる。遺跡数も以前より増加し、住居跡等の遺構の発見例も多くなる。」
→山間部への分布拡大について、後日データを見つけてその具体的状況を確認したいと思います。一般論として生活域が拡大したというレベルではなく、〇〇のために山間部まで分布が拡大したと考えられるにように学習します。寒冷化で生活が厳しくなる状況で、なぜ山間部にまで拡大したのか?なぜ住居跡等の発見が多くなる(≒遺跡増、人口増?)のか?
・「実用品である石器や土器以外にも呪術具である土偶(三重県粥見井尻遺跡・滋賀県相谷熊原遺跡)や赤色顔料を塗った土器(宮崎県清武上猪ノ原遺跡)なども出土しており、この段階で精神文化にある程度の高揚があったことは間違いないだろう。」
→精神文化の高揚と寒冷化で生活が厳しくなったという事象に関係があるような気がします。寒冷化と精神文化高揚の相関を考えてよいか?
飢えで家族が死ぬなどの厳しい場面に何回も遭遇する中で、自分の正気を保ち、困難に立ち向かう気力を保持するための心の持ち方の工夫が集団全体で営まれたと想像します。その精神的営為における産物が土偶や赤色土器であると理解しておきます。

滋賀県相谷熊原遺跡の土偶
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用
土偶の乳房は、出産後赤ん坊に十分な母乳を飲ませることができて、無事育てられることを祈願していると思われます。
おそらく母乳が十分に出ないために、出産後しばらくして死してしまう赤ん坊が多かったのだと思います。
妊娠した女性が母乳がたくさん出るように乳房が大きくなるように祈願して、土器製作の合間に自ら作成したと想像します。
首のところにある穴はここに蔓のような紐を差し込んで樹液等で接着し、その紐で衣服に縛ってお守りとして肌身離さず持てるようにしたと想像します。土偶(お守り)が生活の邪魔にならないように手でできる最小限の大きにしています。
土偶(お守り)が最小限の大きさであることから、逆に、妊娠女性が自分だけで加護を祈願していたということがわかります。家族に見せるためとか、家の中に飾るとかの用を全く考えていなかったことがわかります。出産と育児の全責任が自分にあるという覚悟を持っていたことが判ります。
赤ん坊が無事育つことがいわば奇跡であり、無上の幸福であった時代であることをこの土偶が語っているのだと思います。
逆にこの土偶は、多くの出産後女性の乳房が小さく、母乳が十分に出ないので赤ん坊の多くが死んでしまう食糧事情を物語っています。

・「フェイズ3の段階における居住形態は、本格的な定住を視野に収めつつも、その段階にはまだいたっていないものと考えられるだろう。」
→三重県粥見井尻遺跡や滋賀県相谷熊原遺跡の住居について発掘調査報告書等を入手してデータを確かめて、本書記述の理解を深めたいと思います。

2 参考 縄文早期前半のバイオリン型土偶

バイオリン型土偶 小室上台遺跡出土
船橋市飛ノ台史跡公園博物館展示