磯前順一「心的象徴としての土偶」(林道義編「ユング心理学の応用」(みすず書房)収録、1988)を学習してメモを作成しました。ユング心理学成果を土偶に投影するとどのような土偶解釈が生まれるのか興味があり、学習した次第です。
林道義編「ユング心理学の応用」(みすず書房、1988)
1 論文で興味を持った記述のメモ
1-1 縄文時代の心的段階
・縄文時代を心理的な意味での母性性が優位な段階の時期として捉える立場に立つ。
・石棒(男性性)は男根のみ、土偶(女性性)は身体全体の表現で、男性性は生殖的役目しかなかった。「太母に対する少年=愛人の植物的段階」
人間は世界から・個人は集団から・自我は無意識からあまり分離していなく、埋没していた。
・土偶や石棒は集合的無意識の裡に存在する「元型」の表現で、グレート・マザーである土偶とは母元型の象徴なのである。
1-2 土偶の呪術
・廃棄・埋納行為は未開社会に広くみられる死と再生の観念を表している。
・土偶の故意破壊は死の強調的表現。幾つかの破片に分割して分散させることで複数の新たなる生命力が以前の数倍にも増して生じてくる。
・土偶故意破損分散行為は熱帯のイモ類・果樹栽培民の植物栽培起源神話のモチーフと著しく類似している(ハイヌウェレ型神話)。吉田敦彦はハイヌウェレ型神話を中期中部土偶を結び付けているが、その時期場所でイモ類栽培の証拠はない。土偶とハイヌウェレ型神話を結びつけるのはいささか早すぎると思われる。
・人間、形代としての土偶など殺害対象つまり「犠牲となるもの」とは元型の活性化(再生)をはかるためのもの。土偶呪術とは、母元型のもつ生み育てる力を、定期的に新生させる行為と考えられる。
・土偶が中心となって出土…女性的力の死と再生、土偶が他の遺物と区別されずに出土…他の遺物の活性化
・四季の循環、悪天候など自然の衰退、集団での災い・移動、人間の死、道具の破損などで故意に土偶を破壊したであろう。
・土偶は発見量の多さから各竪穴で安置されたと考える。
・石笛・土笛が出土していることから、高度な祭りが存在していたことに間違いない。
1-3 縄文時代のなかでの心的変遷
・豊穣的な土偶に縄文が施されることが少ない。
・土偶に施される代表的文様の渦巻文は生と死の根源であるヌミーノス的なものの象徴と考えられ、グレート・マザーの基本的性格をよく表している。
・中期関東地方は経済安定を保ちながら、土偶をあまりつくらなかった地域もある。土偶を必要としなかった地域であり、母性のあまり強く必要とされなかった地域。斉一性の強い土器型式・変遷のなかにも、母性性に対する印象の揺れ動きが存在していたと思われる。
・早・前期土偶は未成熟で稚拙…心的状態がウロボロス段階の強い影響下にある。表現行為が意識の働きを前提としていて、この段階では自我の発達があまり進んでいなかった。
・中期は土偶が盛行…心的状態が完全に太母段階に入った。臀部突き出し(生殖行為による豊穣性)、子を抱いた土偶(肯定的な母性性賛美)、腕部横位・上方(上空の諸力を動かし影響を与える)
・後期初頭の非豊穣的土偶…非写実的顔とS字状の渦巻文(生と死を意味するヌミノース的象徴)
・後期中葉から後葉に乳房・腹部の膨らんだ土偶出現(多産的な力・生命力の受胎を強調する。)…例 山形土偶。
・後期後葉から晩期前半に誇大眼部と非豊穣体部の土偶(目は冥界や死を表現)…例 遮光器土偶、みみずく土偶。
・晩期後半以降土偶は消滅あるいは形骸化していく。
・土偶の終末期に死の色合いを濃くするものが出現したことは、自我の強化が進み、太母である無意識との良好な保護関係が終わろうとしていることを意味すると考えられる。
盛行期(中・後・晩期)の土偶
磯前順一「心的象徴としての土偶」(林道義編「ユング心理学の応用」(みすず書房)収録、1988)から引用
2 感想
・ノイマン「意識の起源史」における研究をベースにこの論文が成り立っているように感じます。自分はノイマン「意識の起源史」をまだ読んだことがないので、この学習は論文の表層を眺めただけの軽薄なものにすぎません。
・この論文は、1988年当時の考古学成果にノイマン「意識の起源史」の考え方を投影すると、人間の心発達史における縄文時代の心的段階とその在り方が、浮かび上がったというきわめて興味深いものです。
・意識の発達の歴史が土偶の変化の中に読み取れるという見方はこれまでに接したことのない情報であり、魅力的です。説得的でもあります。早速ノイマン「意識の起源史」の入手を手配しました。到着次第読んでみることにします。
・渦巻文、S字状の渦巻文、臀部突き出し、子を抱いた土偶、腕部横位・上方などの意味についての説明はとても興味深く、参考になります。
・本論文では、土偶に関する考古学的事実や観察から心的事柄を推察するという筋立てになっていません。あくまでもノイマン「意識の起源史」の考え方を大前提にして、それに因れば土偶観察から〇〇のような心的事柄が浮かび上がるという研究方法になっています。論文が向いている方向はユング心理学豊富化にあるようです。