2021年12月14日火曜日

松木武彦「はじめての考古学」(ちくまプリマー新書)

 The First Archeology" by Takehiko Matsuki (Chikuma Primer New Book)


I read "The First Archeology" by Takehiko Matsuki (Chikuma Primer New Book) and made a note of the feeling after reading.

This book is full of the latest information on archeology, yet it is a simple narrative and very interesting to read. I read it all at once until the end.


用事で駅前にでかけて、ついでに本屋に入ると新書コーナーに松木武彦「はじめての考古学」(ちくまプリマー新書)が見えやすい場所に置いてありました。Twitter坂下貴則【日本人の考古学】さんが熱心に推薦していたことを思い出して早速購入しました。


松木武彦「はじめての考古学」(ちくまプリマー新書)表紙

そしてたまたま1泊2日の検査入院がありました。病院の暖かいベッドの上で、パソコンも携帯もテレビも電話もない理想環境のなかで、家族や知人がだれもいなく、かつ他にすることがない長時間を活用して、一気に松木武彦「はじめての考古学」(ちくまプリマー新書)を読んで、いろいろと興味のある事柄を見つけ出し備忘しました。

この記事では全体感想と縄文土器に関する感想をメモします。

1 目次と全体の感想

1-1 目次

第1章 考古学をはじめよう

第2章 人類はなぜ拡がっていったのか-ヒトの進化と旧石器時代

第3章 縄文土器が派手な理由-認知考古学で解く縄文時代

第4章 ヒト特有の戦うわけ-弥生時代と戦争の考古学

第5章 古墳は他の墓とどこが違うか-比較考古学でみる古墳時代

第6章 過去を知ること、いまを知ること-考古学と現代

1-2 全体感想

この図書は、著者が大学で遠隔式で講義した「日本考古学概論」1年間の資料を元にまとめたものです。

著者は一般大学生に対して考古学とはこのように面白く、役立ち、生きているという様子を全身で表現したのだと思います。この本を読む多くの人が考古学にたいして親しみを持つことになると想像します。また、今の今、躍動している考古学の様子を伝えています。

この図書で初めて知る最新情報や専門情報も多く、いろいろと深く考えさせられるのですが、同時に読んでいる時この図書から受ける印象はエッセーを読んでいるような平易さがあります。おそらく、著者は「体系的に考古学情報を整理してまとめる」というコンテンツづくり、コンテンツの切り売りをしているのではなく、自分が面白いと感じた実体験を自分の言葉で表現しているのだと思います。

2 縄文土器が派手な理由と認知考古学

2-1 記述

98~99ページ付近に「造形の秘密」と題した部分に、縄文土器の造形とデザインの中にあいまいさがあると指摘しています。わざと写実的に表現しないで、鳥のようにも見えるし、ヘビのようにもみえるし、ツルのようにも見えるものがあり、「何だろうか?」と見る人に考えさせていて、それはおそらく意図的にそうしたと指摘しています。


縄文土器の文様の展開

さらに細部を少しずつ変えた同じモチーフの文様が複数連続する例も、単なるコピーではなく、違いがあることに脳が反応し、何だろうかと考えさせていると指摘しています。

認知考古学の親理論の認知心理学では、このように「何だろうか」と考えさせることを「意味処理を活発化させる」と表現するそうです。

著者は縄文土器に盛り込まれた心理機能の中心は、意味処理を活発化させる働きであるとしています。

そして縄文土器の文様が縄文社会で共有されていた言語と世界観に根ざして何らかの意味を持っていた表象(心に思い浮かべることができるひとかたまりの概念やイメージ)の組合わせや順列を、個人の心に呼び起こすメディアだったことは間違いないとしています。

そして著者は、このような縄文土器を煮炊きで使うことによって、共通の表象の組合わせ順列を互いの心に共有し、確かめ合うことができ、複雑化する社会で、それを調整しまとめるためのメディアの一つとして利用されたと結論づけています。

2-2 感想

縄文土器文様の意義について、この図書の記述でより明解に理解できるようになったという印象をもちました。特に「何だろうかと考えさせることを意図している。」「共通の表象を共有確認するメディア」であるという指摘に深く共鳴します。

縄文土器の文様の意味について「何だろうか?」と考え、それが意味する表象について、当面空想を楽しみたいと思います。

認知考古学というものが存在していて、それが縄文土器文様の解読に関係しているらしいということをこの図書で知りました。この図書では土偶の心理実験を行い、中期土偶はプラス感情を得られるが後晩期土偶はマイナス感情になるという趣旨の研究を紹介しています。認知考古学という方法が新しい考古学的方法として発展する期待がもてるようです。今後学習を深めることにします。


2021年10月24日日曜日

磯前順一「心的象徴としての土偶」(1988)学習

 磯前順一「心的象徴としての土偶」(林道義編「ユング心理学の応用」(みすず書房)収録、1988)を学習してメモを作成しました。ユング心理学成果を土偶に投影するとどのような土偶解釈が生まれるのか興味があり、学習した次第です。


林道義編「ユング心理学の応用」(みすず書房、1988)

1 論文で興味を持った記述のメモ

1-1 縄文時代の心的段階

・縄文時代を心理的な意味での母性性が優位な段階の時期として捉える立場に立つ。

・石棒(男性性)は男根のみ、土偶(女性性)は身体全体の表現で、男性性は生殖的役目しかなかった。「太母に対する少年=愛人の植物的段階」

人間は世界から・個人は集団から・自我は無意識からあまり分離していなく、埋没していた。

・土偶や石棒は集合的無意識の裡に存在する「元型」の表現で、グレート・マザーである土偶とは母元型の象徴なのである。

1-2 土偶の呪術

・廃棄・埋納行為は未開社会に広くみられる死と再生の観念を表している。

・土偶の故意破壊は死の強調的表現。幾つかの破片に分割して分散させることで複数の新たなる生命力が以前の数倍にも増して生じてくる。

・土偶故意破損分散行為は熱帯のイモ類・果樹栽培民の植物栽培起源神話のモチーフと著しく類似している(ハイヌウェレ型神話)。吉田敦彦はハイヌウェレ型神話を中期中部土偶を結び付けているが、その時期場所でイモ類栽培の証拠はない。土偶とハイヌウェレ型神話を結びつけるのはいささか早すぎると思われる。

・人間、形代としての土偶など殺害対象つまり「犠牲となるもの」とは元型の活性化(再生)をはかるためのもの。土偶呪術とは、母元型のもつ生み育てる力を、定期的に新生させる行為と考えられる。

・土偶が中心となって出土…女性的力の死と再生、土偶が他の遺物と区別されずに出土…他の遺物の活性化

・四季の循環、悪天候など自然の衰退、集団での災い・移動、人間の死、道具の破損などで故意に土偶を破壊したであろう。

・土偶は発見量の多さから各竪穴で安置されたと考える。

・石笛・土笛が出土していることから、高度な祭りが存在していたことに間違いない。

1-3 縄文時代のなかでの心的変遷

・豊穣的な土偶に縄文が施されることが少ない。

・土偶に施される代表的文様の渦巻文は生と死の根源であるヌミーノス的なものの象徴と考えられ、グレート・マザーの基本的性格をよく表している。

・中期関東地方は経済安定を保ちながら、土偶をあまりつくらなかった地域もある。土偶を必要としなかった地域であり、母性のあまり強く必要とされなかった地域。斉一性の強い土器型式・変遷のなかにも、母性性に対する印象の揺れ動きが存在していたと思われる。

・早・前期土偶は未成熟で稚拙…心的状態がウロボロス段階の強い影響下にある。表現行為が意識の働きを前提としていて、この段階では自我の発達があまり進んでいなかった。

・中期は土偶が盛行…心的状態が完全に太母段階に入った。臀部突き出し(生殖行為による豊穣性)、子を抱いた土偶(肯定的な母性性賛美)、腕部横位・上方(上空の諸力を動かし影響を与える)

・後期初頭の非豊穣的土偶…非写実的顔とS字状の渦巻文(生と死を意味するヌミノース的象徴)

・後期中葉から後葉に乳房・腹部の膨らんだ土偶出現(多産的な力・生命力の受胎を強調する。)…例 山形土偶。

・後期後葉から晩期前半に誇大眼部と非豊穣体部の土偶(目は冥界や死を表現)…例 遮光器土偶、みみずく土偶。

・晩期後半以降土偶は消滅あるいは形骸化していく。

・土偶の終末期に死の色合いを濃くするものが出現したことは、自我の強化が進み、太母である無意識との良好な保護関係が終わろうとしていることを意味すると考えられる。

盛行期(中・後・晩期)の土偶


磯前順一「心的象徴としての土偶」(林道義編「ユング心理学の応用」(みすず書房)収録、1988)から引用

2 感想

・ノイマン「意識の起源史」における研究をベースにこの論文が成り立っているように感じます。自分はノイマン「意識の起源史」をまだ読んだことがないので、この学習は論文の表層を眺めただけの軽薄なものにすぎません。

・この論文は、1988年当時の考古学成果にノイマン「意識の起源史」の考え方を投影すると、人間の心発達史における縄文時代の心的段階とその在り方が、浮かび上がったというきわめて興味深いものです。

・意識の発達の歴史が土偶の変化の中に読み取れるという見方はこれまでに接したことのない情報であり、魅力的です。説得的でもあります。早速ノイマン「意識の起源史」の入手を手配しました。到着次第読んでみることにします。

・渦巻文、S字状の渦巻文、臀部突き出し、子を抱いた土偶、腕部横位・上方などの意味についての説明はとても興味深く、参考になります。

・本論文では、土偶に関する考古学的事実や観察から心的事柄を推察するという筋立てになっていません。あくまでもノイマン「意識の起源史」の考え方を大前提にして、それに因れば土偶観察から〇〇のような心的事柄が浮かび上がるという研究方法になっています。論文が向いている方向はユング心理学豊富化にあるようです。



2021年10月17日日曜日

磯前順一「土製儀礼用具-ポスト構造主義と組成論」学習

 趣味活動の一環である土偶学習をより楽しむためにはある程度専門的知識を入手する必要性を感じるようになりました。

ブログ花見川流域を歩く2021.10.11記事「土偶学習の発起

手元の一般図書以外に考古学専門書・論文も学習してみることにしました。その第1弾を磯前順一(2014)「土製儀礼用具-ポスト構造主義と組成論」(講座日本の考古学4縄文時代下、青木書店)として学習しましたのでメモします。


磯前順一(2014)「土製儀礼用具-ポスト構造主義と組成論」が掲載されている講座日本の考古学4縄文時代下(青木書店)

自分のこれまでの学習・知識と真向から衝突し否定する記述も含まれていて、結果的に最初の学習文献としてはとてもふさわしいものでした。なぜこの文献を最初に学習したいと思ったのか詳しい経緯は錯綜してきていますが、大方の専門図書参考文献に掲載されていることと、著者がユング心理学からの土偶理解など視野が広い研究者であるように感じたからです。

以下、主な記述内容と感想をメモします。

1 編年研究のいきづまり

1-1 記述

・型式研究から宗教観念を探ろうとする試みが座礁したことが明らか。

・どのようなかたちで型式から観念を探るべきなのか、その問の立て方を吟味する必要がある。

・型式研究とはいったい何なのか、型式の内実をきちんと検討することが大切。

・筆者の宗教遺物構造論、大塚達郎のキメラ土器論がそれぞれのやり方で方向性を示唆している。型式研究は時期区分のための編年確立に尽きるものではない。

・社会構造の動態を表出した集合表象としてよみとられるべきものである。

・これまでの土偶研究は型式研究を編年研究として、時期区分のための分類作業として捉えてきた傾向がある。そこで区分された時空間のまとまりからどのような特徴を読み取るべきなのかということを等閑してきた。

1-2 感想メモ

従来の土偶型式研究は編年確立に偏重して、宗教観念を探る試みは座礁したという現状判断を考古学研究者がしていることを初めて知りました。また、編年により時期区分された時空間のまとまりにどのような特徴を読み取るかということが重要であるとの指摘が今後の研究方向と大いに関係があると考えます。

2 宗教研究の陥穽

2-1 記述

・吉田敦彦「土偶の神話学」は水野正好「土偶祭式の復元」を神話学の知見から展開したもの。このような土偶論にたいして他民族の民族誌では縄文文化の特異性を理解できないとの不信感がある。斉一性(人類や特定文化圏のなかの共通性)の論理に疑問がある。

・宗教学や神話学の目的は宗教や神話の観念を解き明かすことであり、さまざまな地域や過去の社会を題材にして一つの「仮説」として概念を組み立てる解釈行為である。それは新たな資料で絶え間なく修正され、然るべき時期がくれば異なるパラダイムによって抜本的に読み替えられていく行為遂行的な発話である。

・この解釈概念を事実化しようとする欲求が潜んでいる。考古学者はその欲求を鵜呑みにしてはならない。

2-2 感想メモ

ア 吉田敦彦「土偶の神話学」について

ア-1 吉田敦彦の論を事実と勘違いしてはいけない

吉田敦彦の土偶に関する神話学は最近の自分の土偶観察の根拠・理論背景としてきたものです。それが真向から否定されているので大きな刺激を受けます。


愛読している図書 吉田敦彦「縄文の神話」

ここでの批判は次のような論理になっています。

「吉田敦彦が神話学のテーマとしてハイヌウェレ型神話や地母神像の内容を豊かにし、その分布を確保するための補助資料として土偶を論じることは「解釈」である限り、なんら論理的誤りはない。問題はそこで推察された文化圏が実体化され、土偶の観念を論じるさいにあらかじめ用意された「事実」にまつり上げられたときに、懸念が生じる。」

吉田敦彦は東アジアから東南アジアにかけて女神殺害再生神話が分布し、それと同じ神話が縄文社会に存在していたと考え、土偶はその神話に基づく祭祀で使われたものと詳しく論じています。

このような吉田敦彦の解釈・仮説を考古学が真に受けてはならない(事実と勘違いしてはいけない)というのが磯前順一の指摘です。

考古学という立場にたてば真っ当な議論だと思います。考古学独自の手法で土偶とか縄文宗教観念とかにせまりたいというのが磯前順一の願いであることが判りました。

ア-2 神話学や心理学からみた土偶

神話学や心理学の知識や興味を土偶に投影して土偶を解釈した仮説は考古学者の研究とは関係ないということになりますが、一般市民としては興味をもつところです。自分の趣味活動では神話学者吉田敦彦の土偶解釈・仮説を楽しみたいと思います。また磯前順一が以前行っていたユング心理学を土偶に投影した解釈・仮説も楽しみたいとおもいます。最近話題になった人類学者竹倉史人の「土偶を読む」も楽しみたいとおもいます。

考古学土偶研究の学習を基本としつつ、周辺学問における土偶研究も学習して、自分の土偶学習を豊かなものにしたいと思います。

3 考古学で「知る」ことの2つの次元

3-1 記述

考古学で「知る」ことは次の2つの次元から構成されている

1 物理的証拠から確定される事柄(壊す埋める作り直す)…過去の事実に接近できる

2 宗教観念の推測…異なる時代・地域の社会の分析から導き出された概念が土偶に当てはめられる。推測で依拠する観念自体が既に推測の産物である

縄文時代を知るとは物理的事実をもとにしながらも既存の解釈によって有意味化させること。

「~という解釈を前提とすると、縄文人の痕跡はこのように読み取ることも可能である」という推測の段階。

縄文人が宗教的行為を概念化して理解していたとも限らない→神話のような概念的なものと儀礼のように言語を介さない身体行為をとる場合がある。

土偶のように儀礼行為をともなうものでは意識化された概念次元よりも無意識的な身体行為に強く結びつく傾向を持つと考えられる。→現代研究者と縄文社会の宗教行為の間に溝が生じる。

観念の実体的復元が最終目標にはなりえない。

「興味深いしかも甚だ把捉しがたい問題を如何にして解くことができるであろうか」といって問いのあり方そのものが考慮されなければならない。どのように彼らの信仰を論じるべきなのか、どのようなかたちであればそれが可能になるのか、問いの立て方自体が問題なのである。

3-2 感想メモ

「縄文時代を知るとは物理的事実をもとにしながらも既存の解釈によって有意味化させること。」これが土偶学習の真髄であるとかんじます。どんなに精緻に物理的事実を調査しても、既存の解釈が無ければ(既存の解釈が優れていなければ)土偶の有意味化ができないところが悩ましいところです。

4 2つの研究動向

4-1 記述

次の2つの研究動向が浮上している

1 縄文末期から弥生前半期にかけての土偶の意味変容論

2 縄文中期以降の土偶型式の組成論

1の設楽博己の研究…黥面土偶・土偶形容器・顔付土器→地母神的な「多産の象徴」から「祖先の像」へと意味変容したという解釈

磯前順一は亀ヶ岡文化の宗教関連遺物の構造性を析出した。


亀ヶ岡文化の宗教関連遺物の構造性

縄文社会の宗教研究は縄文時代の均質な世界観を捉えるのではなく、各時期各地域の複雑性へ踏み込んでいいくことになる。

構造変形は地域性の問題につながる。

安行・亀ヶ岡双方に(よそ者・異人)がいる

異系統土器、キメラ土器

4-2 感想メモ

自分の土偶学習でどのような分野で誰の研究を学習すべきか、そのターゲットを考える上で参考になります。

5 まとめ

5-1 記述

型式と遺物あるいは構造と遺跡との往還関係から縄文社会の信仰関係を研究するためには、型式や構造という理念型は欠かすことのできない概念であり、このような同一性を介在させることで、はじめて現代の研究者にしても当時の社会の人々にしても、一定の共同幻想のもとに文化や社会を構築することができるのである。

先史社会の宗教研究は、神やマナなど、不可視の力として想起される人間の世界把握の思惟様式を、型式と遺跡との往還関係のなかで、構造の変転過程として思考していくことなのである。

5-2 感想

土偶型式の学習を急ぎたいと思います。また今回はじめて構造(例亀ヶ岡文化の宗教関連遺物の構造性)という概念を知りました。いつかどこかの遺跡を事例にして構造を学習してみたいと思います。

2021年10月10日日曜日

顔からみた弥生文化の四つの特徴

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 17

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「異形の精神史-エピローグ-」を学習し、最終回とします。


設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)カバー

1 顔からみた弥生文化の四つの特徴

本書では、顔からみた弥生文化の四つの特徴を縄文文化や古墳・律令期との比較で次のようにまとめています。

1 戦争と辟邪思想のはじまり

2 男女間のパワーバランスの変化

3 支配・被支配にもとづく不平等な格差社会の出現

4 大陸との交通関係の頻繁化、緊密化によるグローバリゼーションの拡大

縄文時代の土偶は辟邪思想はうかがうことはできず、敵対するものはいなく、いずれも祖先祭祀にかかわる表現です。戦争が男女間のパワーバランスを変化させ、中央と周縁世界の形成によりマイノリティーが出現しました。これらの現象が顔の造形に変化をもたらしました。

2 弥生時代の戦争の実態

弥生時代の戦士の絵画は、エジプトやアッシリアの壁画、中国の兵馬俑などにくらべれば緊迫感を欠いた子どもの絵のようなものである。


弥生時代の戦士の絵画


アッシリアと中国の戦士像

3 感想

この本を読んで弥生時代とその前後の顔の変化を詳しく知ることができました。また最後の弥生時代の戦士の絵は大陸の戦士の絵とくらべて「緊迫感を欠いた子どもの絵のようなものである。」との強烈な指摘は、弥生時代の戦争は、世界史的視点から俯瞰的にみなければその特質はあぶりだせないことを示しています。

この本をよく読むと、自分にとっては新しい知識ばかりで、次から次へと確認したい事柄とか、疑問が湧いてきます。それらの検討を深めればまだまだ学習を続けたくなります。しかし、この本だけでなく、著者の別の著作物もぜひとも読みたくなっていますので、思い切ってここら辺で学習を一端区切ることにします。

先端的知識や巧みな考証論理展開が見られるこの興味深い図書を出版された設楽博己先生に感謝申し上げます。


2021年9月22日水曜日

方相氏の耳鼻誇張表現

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 16

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「弥生時代の顔の変容」の「顔壺にさぐる黥面の継承と変容」の一部について学習します。

1 方相氏の耳鼻誇張表現


有馬遺跡の顔壺(有馬遺跡14号墓出土、群馬県所蔵)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)カバーから引用

有馬遺跡の顔壺は耳などの顔のパーツが極端に大きくつくられていて、異形の表情は盾持人埴輪に通じ、方相氏の影響を受けている。


盾持人埴輪

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

確かに、本書には次の顔壺写真も掲載されていて、耳鼻が異様に大きく表現されています。


人面付土器

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

耳鼻が異様に大きく表現される様式は本物方相氏俑で確認できます。


方相氏俑

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

方相氏の顔壺、盾持人埴輪は辟邪として、埋葬された主人をその異様な形相で敵から守ったに違いありません。

2 人面墨書土器

1の学習の結果を踏まえると、ずっと以前に学習した悪相の人面墨書土器についてその解釈を変更することがふさわしいと考えるようになりました。


平城京出土人面墨書土器の例

「古代人の顔と祈り」橿原市博物館講演会資料(奈良文化財研究所 森川実)から引用

この例では平城京出土人面墨書土器について「現代の考古学者からは、「行疫神」、「厄病神」などと思われている。」としています。

しかし顔のパーツが大きく方相氏として考え、辟邪の役割をしていたと考えるとこの墨書土器の役割が無理なく納得できます。疾病除け祈願で使われる墨書土器に疾病神の顔を描くという解釈は苦しいです。悪相であるがゆえに、その悪相は疾病神に向けられた方相氏であると考えます。


2021年9月15日水曜日

鳥が飛ぶ空を見ている弥生時代の顔

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 15

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「弥生時代の顔の変容」の「顔壺にさぐる黥面の継承と変容」の一部について学習します。

1 鳥が飛ぶ空を見ている弥生時代の顔


人頭土製品 (西川津遺跡出土、島根県教育庁埋蔵文化財調査センター所蔵)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


顔壺 (三島台遺跡出土、市原市教育委員会所蔵)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

ともに弥生時代の稲作に関連する鳥信仰に因り、鳥が飛ぶ空を見ている顔の例として紹介されています。本書では弥生時代の鳥信仰が詳しく紹介されていて「鳥が飛ぶ空を意識している」という解釈にとても説得力があります。

人頭土製品の頭の突起は鳥に化身するための羽冠のようです。

2 メモ

鳥が飛ぶ空を見ている顔というモノがあることを初めて知りました。

翻って、自分が観察した縄文土偶をあらためて眺めて、顔が何を見ているか観察してみました。


私が観察記録3Dモデルを作成した土偶で顔の角度が判るものの例 1 https://skfb.ly/o6VBR


私が観察記録3Dモデルを作成した土偶で顔の角度が判るものの例 2 https://skfb.ly/o6VBR


私が観察記録3Dモデルを作成した土偶で顔の角度が判るものの例 3 https://skfb.ly/o6VBR

1~3は3Dモデルで観察して、体と頭(顔)に角度はついていません。顔は正面を向いています。土偶製作者が、土偶が自分を見るように造ったのだと思います。


私が観察記録3Dモデルを作成した土偶で顔の角度が判るものの例 4 https://skfb.ly/o6VBR

縄文のビーナス(左)は(丸い穴から出てきたような)顔は正面を向いていますが、帽子のような髪は後ろに傾斜し、人体頭部は明らかに斜め上を向いています。


縄文のビーナス https://skfb.ly/oo7xE

仮面の女神(右)の仮面は斜めについていて、側面から見ると顔に角度がついているようにみえます。つまり顔は斜め上を見ています。


仮面の女神 https://skfb.ly/oorzv

飛ぶ鳥のいる空を見つめている弥生の顔の存在を知ったおかげで、縄文土偶の顔のうち上を向いているモノがあることに気が付き、強い問題意識が生まれ、学習意欲をかきたてられます。

・縄文のビーナスの頭部は上を向いているのに、顔はなぜ正面をむいているのか?

・仮面の女神は何を見つめているのか?

・上を向いている縄文土偶はどの程度あるのか、それらは何を見ているのか?

縄文土偶の顔の角度については、場所をブログ「花見川流域を歩く」に改めて詳しく検討を続けることにします。

2021年9月6日月曜日

顔壺

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 14

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「弥生時代の顔の変容」の「顔壺にさぐる黥面の継承と変容」の一部について学習します。

1 農耕文化と壺形土器

壺形土器は穀物の増加と同調している。

●壺形土器の全土器に対する割合

・北部九州

縄文晩期…ほとんどなかった

弥生早期…1割

弥生前期…3~5割

・中部高地や関東地方

晩期終末…1割

弥生前期…2~3割

弥生中期中葉…5割

壺の用途の一つとして穀物の貯蔵がある。首がすぼまるので湿気を防ぎ、種籾の貯蔵などにうってつけ。

2 壺を人体になぞらえるのは世界的傾向


新石器時代の顔壺(中国)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

口に三角のキャンバスをつけそこに顔を表現しています。胴に両手も表現しています。

3 再葬墓の顔壺の系譜

東日本の弥生再葬墓から出土する顔壺の表情は土偶形容器をよく似ていて目のまわりや口を囲む線刻はイレズミの表現。

その様式は遮光器土偶の末裔である結髪土偶の流れを汲んでいる。

縄文時代晩期終末の関東地方には口縁部に顔を貼り付けた深鉢形土器があり、つけられた顔は黥面である。

顔壺は西日本農耕文化の影響で増えた壺形土器を人体に見立て、縄文時代晩期の土偶の伝統を引き継いだ顔を口に描いて成立した伝統と革新が織りなすハイブリッドな造形品である。

4 再葬墓の顔壺の役割


顔壺(小野天神前遺跡)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

弥生再葬墓遺跡で壺形土器が100個ほど出土しても、顔壺は1つしかない場合がほとんどである。したがってそれ自体墓を代表する蔵骨器であった可能性が高い。再送に祖先の仲間入りという目的を考えると、顔壺は祖先の像とみなされた可能性がある。喜怒哀楽を感じさせず、異形としての誇張表現のない点も祖先の像としてみるのがふさわしい。顔壺に乳房が表現された例があり、女性像である可能性がある。

5 関連学習


縄文晩期 顔面付注口土器

小諸市石神遺跡 レプリカ 2020.02.14長野県立歴史館で撮影


縄文晩期 顔面付注口土器


縄文晩期 顔面付注口土器説明

顔のイメージが上の顔壺(小野天神前遺跡)ととてもよく似ています。縄文の顔の造形が弥生顔壺に引き継がれたという説明が説得力を持ちます。

写真を拡大してよくみると口のまわりなどに線刻があり黥面であることが確認できます。

この注口土器の顔は祖先の顔を表現していて、注口土器は葬祭で使う祭器だった可能性が濃厚だと考えます。

6 感想

この学習で、縄文晩期人面土器の顔が祖先の像である可能性があり、それが弥生時代に継続したことを知りました。

この図書の学習はもともと縄文土偶に関する部分のつまみ食いを密かなる主目的にはじめたのですが、著者の研究方法「情報の多い新しい時代から情報の少ない過去に遡って論証していく(奈良平安→古墳→弥生→縄文)」にすっかりとりつかれてしまい、弥生学習をしたくてウズウズしてしまいます。また過去に集中学習した奈良平安と縄文を結びつけたく、古墳と弥生の学習を基礎からしたくなります。


2021年8月26日木曜日

土偶形容器の男女

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 13

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「弥生時代の顔の表現」の「土偶形容器にみる男女の表現」を学習します。

1 土偶形容器

弥生時代の東日本に土偶形容器が出土する。縄文晩期土偶の系譜をひくもので、中空で再葬の焼人骨を入れる容器として使われた。

2体が一緒に出土する例があり、乳房のあるものとないもので顔の形状も異なることから男女であると考えられる。


2体出土の土偶形容器

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

縄文土偶は女であるが、弥生時代に男女の土偶形容器が出現するのは、農耕作業が男女半々で行われたことに因ると考えられる。

2体出土土偶形容器を時系列に並べると、弥生前期は女の方が大きいがその後逆転して男の方が大きくなる。


弥生時代の男女像の変化

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

この変化は弥生前期までは女性原理による縄文土偶の伝統が作用し、弥生中期からは父系制敷いていた大陸からの影響が及んだ結果であると考えられる。

2 感想

土偶形容器を意識して観察したことがこれまでありません。土偶形容器展示館をみつけ、3Dモデルをつくりたいものです。

男女(夫婦)の土偶形容器の大きさが変化したことはショックを受けました。縄文時代に土製品の夫婦セットがつくられたとすれば女の方が大きく、男の方が小さくなる可能性が高まります。一方、縄文土器であたかも夫婦セットであるようなものがあります。これまで自分は現代茶碗の夫婦セットからの類推で大きなモノは男、小さなモノは女と考えてきました。この類推は間違っている可能性も浮かび上がります。次の2体一緒に出土したモノがもし夫婦セットなら、大きい方が女で小さい方が男なのか?そうであるならば、自分の想定が安易で甘かったことになります。


大小ペアで出土した加曽利B3式異形台付土器(加曽利貝塚)

加曽利貝塚博物館展示の様子


大小ペアで出土した五領ヶ台式土器(八千代市上谷遺跡)

八千代市郷土資料館展示の様子


出土の様子 八千代市郷土博物館展示から引用


大小ペアで出土した縄文中期深鉢形土器(茅野市下ノ原遺跡)

尖石縄文考古館展示の様子


説明 尖石縄文考古館展示から引用

大小土器が隣り合って出土しています。

2020.04.04記事「異形台付土器が大小ペアで出土した意義


2021年7月31日土曜日

鳥装と非黥面起源

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 12

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「弥生時代の顔の表現」の「鳥装と非黥面起源」を学習します。

1 黥面と非黥面

弥生時代に入ると黥面のある顔の造形と黥面のない顔の造形が現れ、黥面のある顔の造形は縄文時代からの系譜であり、黥面のない顔の造形は朝鮮半島経由で伝わってきた鳥装や戦争を伴う文化の系譜であることがこの図書に詳しく説明されています。


黥面と非黥面の顔造形

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

2 鳥装

この図書では鳥装と戦争文化が弥生時代に朝鮮半島経由で伝来し、多様な鳥装造形が説明されています。

1の「黥面と非黥面の顔の造形」の非黥面の顔の造形には頭に隆起帯があります。それは鳥の羽冠を意識した飾りであり、斜め上を見上げる顔は信仰する鳥を見上げている可能性が説明されています。

次のような羽装束による踊りや羽冠の飾りを付けた戦士の姿などが詳しく説明されています。


鳥装人物

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


戦士

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


戦士

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


参考 古墳時代 水鳥形土製品 千葉市南二重堀遺跡出土

千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示

弥生時代の鳥の信仰は「鳥は空を飛ぶ。弥生時代に空のかなたにはあの世があり、鳥はあの世である祖先の国から稲穂をたずさえ、穀霊をのせてこの世に飛来すると考えられていたというのが一般的な解釈である。」と説明されています。

また、鳥は縄文時代の信仰の対象では無かった。少なくとも好んで土製品や絵画の材料にされることは無かったと説明されています。

3 感想

縄文時代の男女ともに行われたイレズミが弥生時代になると男だけになり、さらにイレズミ習慣のない外来文化の影響も強まっていった様子を理解することができました。

鳥信仰(鳥装文化)が弥生時代から始まる外来文化であることを理解できました。この理解により自分の学習の一部を根本的に転換させる必要が生まれました。過去学習2件(西根遺跡、雷下遺跡)で、縄文木製品の解釈で鳥を登場させています。この解釈の是非を根本的に精査して学習し直す必要があります。同時に、確かに縄文遺物で鳥の登場はほとんど見ないが、縄文人が鳥に対してどのような気持ちを持っていたのか、詳しく知りたくなります。次の土器について、鳥の形状に似ていると感じたことがあったのですが。それは単なる「他人の空似」だったのか、確かめる必要があります。


阿玉台式土器「注口付舟形鉢形土器」(八千代市ヲサル山遺跡出土)展示状況

八千代市立郷土博物館展示

舟形は現代人からみた形容であり、鳥をイメージして造形されたかもしれないと空想しました。


2021年6月21日月曜日

分銅形土製品

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 11

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「弥生時代の顔の表現」の「分銅形土製品の笑い顔」を学習します。

1 分銅形土製品の笑い顔

本章では弥生時代を代表する第二の道具である分銅形土製品の笑い顔をテーマとして、それが縄文時代出産土偶(腕部双孔土偶)を祖形とすることを学説・研究史の検討と事例により解説しています。


分銅形土製品

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


分銅形土製品(カラー)

Photoshopニューラルフィルター機能により生成(以下カラーは同様)。

柔和な笑い顔となっていて、辟邪に見られる悪意ある笑い顔とは異なることが解説されています。出産にかかわる護符であると考えられています。

括れた部分があるので出産の時に握って使ったのかもしれません。

2 分銅形土製品の祖形と考えられる出産土偶


長原式土偶(腕部双孔土偶)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


長原式土偶(腕部双孔土偶)(カラー)


腕部双孔土偶

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


腕部双孔土偶(カラー)

腕部双孔土偶の双孔が分銅形土偶のくびれになった旨の学説が紹介されています。

なお、残念ですが、自分にはその学説が図像的に説得力あるものと受け取れません。

同じ出産護符だったことに間違いなのだとおもいますが。

3 分銅形土製品の顔の表情を引き継いだ弥生後期土偶


分銅形土製品の顔の表情を引き継いだ弥生後期土偶

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


分銅形土製品の顔の表情を引き継いだ弥生後期土偶(カラー)

この土偶にイレズミがなく、近隣出土土偶にイレズミを表現する線刻があるので、同じ時期・地域にイレズミのある顔とない顔があり、それは男女の違いであり、分銅形土製品が女性を表現していることの証左であることが述べられています。


イレズミのある弥生後期土偶

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


イレズミのある弥生後期土偶(カラー)

4 感想

縄文土偶と弥生土偶の関連をイレズミに引き続き述べていることに強い興味をおぼえます。自分には弥生時代の遺物と縄文時代の遺物がどのように関連するのか、いままで得ている知識がほとんどないので、本書はとても刺激的です。