2021年4月29日木曜日

山形土偶からみみずく土偶へ

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 8

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「土偶の誇張表現」を学習します。

1 山形土偶からみみずく土偶への変化

関東地方縄文後期の山形土偶からみみずく土偶への変化について本書ではとても興味深い分析をしています。その分析を自分なりに理解すると次のようになります。


山形土偶からみみずく土偶への変化に関する記述の理解

関東地方縄文後期中頃の山形土偶から後期後半のみみずく土偶に変化していく時に、頭ががどんどん大きくなり、土偶がキャラ化(ゆるキャラ化)しているという示唆が述べられています。またみみずく土偶の頭には漆塗りの湾曲した櫛が2つから3つ刺さっているという推察が述べられています。

この興味あふれる記述に大いに刺激を受けて、自分も山形土偶とみみずく土偶の比較をしてみました。

2 山形土偶とみみずく土偶


山形土偶とみみずく土偶

山形土偶とみみずく土偶を比較して、山形土偶→みみずく土偶で消えたもの、誇張・新たに生まれたもの、残ったものを雑駁ですがメモしてみました。


山形土偶→みみずく土偶で消えたもの、誇張・新たに生まれたもの、残ったもの

山形土偶→みみずく土偶で

消えたもの・・・乳房、妊娠腹、首から下腹部への垂下線→女性性、残酷性

誇張・新たに生まれたもの・・・丸い耳飾、大きな髪形(複数の櫛)→意表をつく造形(キャラ性)

残ったもの・・・丸い目、丸い口、異常位置の短鼻、脚の輪切り線→残酷性から造形性に転換?

山形土偶にある乳房、妊娠腹がみみずく土偶では消えていますから女性性が消えているといえます。首から下腹部に至る垂下線はこの女性の腹(体)を切り裂く線と考えていますが、この線がみみずく土偶では消えるのですから残酷性が消失しています。

一方、丸い目や丸い口は本来断末魔にある女性の半死の白目、血の泡を吹く口であると考えますが、みみずく土偶ではこれに耳飾の丸が2つついて4つの丸による意表をつく造形を作り出しています。目よりも上にあるような短鼻(鼻削の跡)とあいまってユーモラスなゆるキャラ風の風貌になっています。造形の意味が残酷性からユーモラス性に転換しているのだと思います。誇張した髪型と大きな頭部がますます意表をつくユーモラス性を増幅しています。


参考 山形土偶に関する私の想像

3 感想

地母神殺害再生神話に基づく土偶祭祀が、時間の経過とともにゆるキャラ土偶をつかった口当たりの良い祭祀に変貌していったのかもしれません。

縄文後晩期は社会が危機的になったので祭祀が異常に発達したという趣旨の考えが本書でも各所で語られます。別書では縄文後晩期は祭祀でがんじがらめであり、息苦しい社会であったとも書いてあります。しかし、山形土偶からみみずく土偶への変化は縄文後期後半には祭祀が形骸化していた可能性を示唆するかもしれないと想像します。危機的状況にある社会を引き締めるべき祭祀が形骸化して、土偶もゆるキャラ化して、社会の統率が弛緩して、社会が内部から崩壊した可能性の想像を禁じ得ません。

4 参考 山形土偶の3Dモデル

山形土偶(千葉市加曽利貝塚) 観察記録3Dモデル 画像

縄文後期加曽利B3式、千葉市加曽利貝塚南貝塚(Ⅴトレンチ)

撮影場所:加曽利貝塚博物館 常設展示

撮影月日:2020.07.14

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v.5.001 processing 39 images


3Dモデルの動画

5 参考 みみずく土偶の3Dモデル

安行系ミミズク土偶(我孫子市下ヶ戸貝塚) 観察記録3Dモデル

撮影場所:我孫子市教育委員会1階ロビー

撮影月日:2019.08.20

ガラスショーケース越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.506 processing 30 images


3Dモデルの動画


2021年4月24日土曜日

土偶のダブルハの字文

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 7

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「縄文人の通過儀礼」を学習します。

1 ダブルハの字文

この節では土偶と風俗にかんする研究・論争の歩みに触れるとともに、縄文時代に通過儀礼として顔のイレズミ、抜歯などが存在し、縄文後晩期になるとそれらが強化され、社会の危機的状況と対応していることが述べられています。

この中で高山純著「縄文人の入墨」にもとづいて、「ダブルハの字文はイレズミを実際に表現するもっとも古い様式だといっていよい。」と記述されていて、興味が深まります。次の写真が例示されています。


ダブルハの字文の顔のある土器

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


同上拡大

土偶に描かれる様々な文様のなかでダブルハの字文がイレズミと特定された研究について知りたいと思いますが、残念ながら高山純著「縄文人の入墨」はwebで検索しても千葉県立や千葉市立図書館を検索してもありつくことが出来ませんから、いつかありつけるまで我慢することにします。

2 これまで観察した土偶のダブルハの字文

これまで展示施設で観察してSketchfabに投稿した土偶3Dモデルは40弱ありますので、それをざっと見てみました。

ダブルハの字文と思われるもの1点とそれダブルハの字文以外の線分が顔に描かれたもの7点を確認しました。

2-1 ダブルハの字文


ダブルハの字文と考えられる例 

2-2 ダブルハの字文以外の例


「ダブル逆ハの字文」とでも呼べる例


逆「ハの字」で多数線分


逆「ハの字」で線分1本


ハの字+目の下+顎 ?


逆「ハの字」で多数線分


逆「ハの字」3本+目の下


目から放射状

3 感想

これまで口元の逆「ハの字」線分は土偶(女神)が殺害されるときに口から出る血しぶきを表象していると空想してきています。

高山純著「縄文人の入墨」を入手できて読んだとき、どのような感想が自分の中に生まれるのか、超楽しみです。

後晩期土偶は生贄の身代わり土人形(女神)であると想像しています。


2021年4月8日木曜日

黥面 追考

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 6

1 目まわりイレズミと口まわりイレズミ


黥面絵画様式の変遷

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)掲載の黥面絵画様式の変遷をジロジロみているとイレズミに目まわりと口まわりの2種存在に気が付きました。この図に色を塗って判りやすくしてみました。


目まわりイレズミと口まわりイレズミ

2 web検索

1のような観点からweb検索してみました。確かに目まわりイレズミの事例と口まわりイレズミの例ばかりです。別の分類にすべきような例はたまたまかもしれませんが見つかりませんでした。次に代表例を示します。


台湾タイヤル族女性 口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Atayal people」から引用


アイヌ女性 口まわりイレズミ

サイト「VINTAGE EVERYDAY」から引用


マオリ族女性 口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko」から引用


マオリ族女性 口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko」から引用


マオリ族男性 目まわりイレズミと口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko


マオリ族男性 目まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko」から引用

3 感想


目まわりイレズミと口まわりイレズミ

3-1 目まわりイレズミと口まわりイレズミはセット?

・考古資料では目まわりイレズミと口まわりイレズミの双方があるものが多いような印象を受けますが民族事例では目まわりイレズミは男性、口まわりイレズミは女性に分化しているような印象を受けます。

・縄文晩期土偶は女性(女神)を表現している人形ですが、それに目まわりイレズミと口まわりイレズミがありますから、黥面はもともと男女にかかわらず目まわりイレズミと口まわりイレズミがセットで施術されていたのかもしれません。

・台湾タイヤル族女性の額にイレズミが残されていて、目まわりイレズミの名残かもしれません。

3-2 民族例で男性に目まわりイレズミが女性に口まわりイレズミが多い理由

・顔のイレズミの意味が魔除けであるとすると、空想の域を出ませんが、目まわりイレズミは鋭い眼光による威圧感演出に本質を求めることができます。口まわりイレズミは口が異常なまでに大きく開いた様子を演出し、相手を食い倒すという威嚇の様子にその起源があると考えます。

・鋭い眼光による威圧感は実生活における武力にもかかわるものであり、男性にふさわしい特性であることから口まわりイレズミは男性に多く施術されたと考えます。

・大口で威嚇するという動物的な方法は実生活における武力にはかかわらない象徴性が高いものです。武力にかかわらないという点で女性に多く施術されたと考えます。

3-3 縄文晩期土偶の口まわりイレズミと民族事例の類似

縄文晩期土偶の口まわりイレズミは口から耳の方向に伸びています。このパターンと台湾タイヤル族女性イレズミ、アイヌ女性イレズミが似ています。縄文時代女性の顔イレズミの一部が現代にまで伝わってきていると考えます。