この記事では「猪の文化史考古編」(新津健 2011 雄山閣)の「第3章猪の飼育・飼養問題について 2猪がやってきた」の学習をします。
1 猪がやってきた
著者は縄文前期諸磯式の時代に猪が増加し、猪がムラにやってきて、その結果猪造形が生れたと考えています。その状況の一つに森を開いて縄文ムラを作ることによってその周辺が猪が好む環境になり、必然的に猪と縄文人の接触が密になったとしています。
「先にみた縄文前期諸磯式の時代、そこでは土器に猪の顔が突出して作られた。中期の中頃には、蛇とともに土器を飾る主役の一つとして猪が幅をきかせた。さらに後期の初めには東北北部にて猪形土製品が作られるようになり、やがて東日本全体に広まっていく。これらの時期にみられる猪造形の緻密な表現や、その特徴が増幅されるような造形からは、縄文人の確かな観察力がうかがわれる。それは猪が身近な動物であったからに他ならない。やはり縄文集落にまで猪がやってきていたのである。縄文時代の中でも猪造形が発達した時期、それが現在と同じような猪増加の時期にあたっていたのではないだろうか。」
「ところで、猪の群れが縄文ムラにやってくる理由とはなんであろうか。その一つについて、猪装飾がはじめて作られた縄文前期後半を例にとり考えてみよう。この頃は関東地方や中部地方では大きな集落が形成されはじめた時期である。中央部に広場を持ち、それを取り囲むかのように家が巡る「環状集落」という形態のムラもみられる。同時に、住居数軒から成る小さなムラが山間部にも点在するようにもなる。これらのことは、森が切り開かれ人の居住する場所が広がり、猪が活動する範囲と重なってくることを意味する。住居を建てる材料の調達、日々の燃料、食料獲得のための森や平地の管理、このような暮らしの中でムラの周囲には生産地や空き地そして道なども含め、森との境をなす緩衝地帯が広がっていく。植物学の立場からすると、突然に高木が茂る森になるのではなくその周囲には灌木類やつる植物などが群生すると言われている。特に森林から続く低木群落の裾には「ソデ群落」あるいは「ふちどり群落」と呼ばれる各種の草本植物が生育するという(宮脇1971)。このような植物群の相互関係は、集落が形成された周辺環境にもあてはまるものと思われる。つまりムラと森との間には雑草やツル植物などが繁茂する明るい空間地が広がることになる。西田正規氏は定住集落の生態系として原生林と集落の問に「栽培空間」や「二次植生」地帯を想定した(西田1995)。実は、このような「ふちどり群落」や「二次植生」空間という緩衝地帯は猪にとって大変重要な場所となる。ここには猪の好物となるクズやワラビといった根に澱粉を蓄える植物や、野生の豆類などが繁茂するからである。歴史編の江戸時代の項で詳しくふれるが、東北八戸藩の『猪飢謹』をもたらした猪の異常なほどの繁殖も、大豆畑の休耕地に繁ったクズやワラビに原因があったという。縄文集落の周囲に広がる緩衝地帯、そこも猪が好む植物がはびこる雑草地帯ではなかったろうか。」
「縄文前期の例をあげてみたが、群れが集落にやってくるほどに猪が繁殖した時期、このような時にこそ、「半飼育」つまり「飼養」といった状況がもたらされたのではないだろうか。縄文時代における猪飼養の可能性。それは「猪増減サイクル」の中での条件が整った時にこそ実施されたのであり、縄文時代全体を通して常時行なわれていたというものではないだろう。飼養が行なわれていない時、それでも儀式に必要な猪は自然界から捕獲する必要がある。そのような飼養と狩猟とが同居するような生業形態、それが縄文時代における人と猪とのかかわりであったと考えている。」「猪の文化史考古編」(新津健 2011 雄山閣)から引用
2 大膳野南貝塚で猪が好む環境について予察してみる
現在学習中の大膳野南貝塚の前期集落(諸磯b式土器の時代、諸磯式土器と浮島式土器が出土)と後期集落(堀之内1式期が最盛期)の集落周辺環境について予察してみました。
竪穴住居と土坑のそれぞれ5m圏は完全に人工区域であり、5m以上離れるとソデ群落やマント群落が出現する可能性があると想定してみました。
大膳野南貝塚 前期集落
集落の周辺に林が広がっていた可能性があります。
前期集落からは猪造形が沢山出土しています。
猪がこの集落にやってきた可能性を首肯できます。
大膳野南貝塚 後期集落
集落の規模が大きくなり台地をほぼ覆い尽くしてしまっています。
集落が拡大して台地面が人工面として広域に連坦してしまい、猪が集落までやってくる確率は前期よりも少なくなっていると考えられます。
「猪の文化史考古編」(新津健 2011 雄山閣)の論に従えば、上記2枚の図面は前期集落からのみ猪造形が出土していることの説明に使うことができます。
参考
大膳野南貝塚前期集落出土イノシシ形獣面把手
大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
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