2020年7月2日木曜日

4.3kaイベント

山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)学習 33

「第五章 精神文化の発達と社会の複雑化 後期・晩期(Ⅳ期)」の「1 縄文社会の変質」の小見出し「遺跡数の減少」「4.3kaイベント」を学習します。

1 遺跡数の減少
・中期のおわり頃から後期の初頭になると、関東地方では環状集落のような大規模な集落はみられなくなる。また、それに応じて人口も減少し、人々は住居が一棟から数棟しかない小規模な集落に居住するようになったこともわかっている。

2 4.3kaイベント
・ちょうど中期と後期の間頃には、環境史による研究成果から気候の極端な冷涼化があったことがわかっている。この気候の冷涼化は、およそ4300年前に起こり、その年代から4.3kaイベントと言われている。
・海退による低地堆積地形の発達。
・当然ながら、食料となっていた動植物の分布の仕方も大きく変化しただろう。そして冷涼化に伴って、そのバイオマス自体も減少し、利用方法にも変化が生じたに違いない。

3 メモ
・4.3kaイベントにより海退による地形変化もあいまって関東縄文社会中期末人口減少が生起したという趣旨の記述になっています。
・4.3kaイベントという考古技術用語はこの図書で初めて知りました。
・4.3kaイベント(中期末の一時的冷涼化)を詳しく知り、それを中期末~後期初頃に当てはめて考えて、社会消長と気候変動がどのように対応するのか、しないのかぜひとも知りたくなります。
・房総では加曽利EⅡ式期に人口急増期があり、その後称名寺式期にかけて人口急減期があります。この人口急減期と4.3kaイベントが重なるということなのでしょうか?

縄文中期後半の衰退
2017.02.24記事「縄文社会崩壊プロセス学習 縄文時代中期後半の激減

・4.3kaイベントの年代詳細気温変化データが存在するのかどうか…気温変化データと土器編年データを照合できるのかどうか調べる必要があります。
・気温低下時期と人口急減期とがほぼ対応するものなのか、あるいは100年~200年くらいずれているかもしれない程度の話なのか、知りたくなります。

4 web検索
「4.3kaイベント」をwebでざっと検索したところでは考古分野でいくつかの記事がヒットします。その用語が日本考古界で使われていることを知りました。しかし、詳しくその用語を説明する(気候変動の様子を説明する)ような記事にはたどり着けませんでした。
一方、海外情報として4.3ka event あるいは4.2ka event が多数ヒットします。
次の画面はWikipedia 4.2 kiloyear eventのものです。

4.2 kiloyear event Wikipediaから引用

Global distribution of the 4.2 kiloyear event
Wikipediaから引用
The hatched areas were affected by wet conditions or flooding, and the dotted areas by drought or dust storms.

Central Greenland reconstructed temperature 
Wikipediaから引用
Unlike the 8.2-kiloyear event, the 4.2-kiloyear event has no prominent signal in the Gisp2 ice core that has an onset at 4.2 ka BP.
このWikipedia記事では上図を引用するように、4.2kaイベントに対して懐疑的な見解も紹介しています。

なお、海外webサイトをみると4.3kaイベントにたいして懐疑的な見解の説明が多く存在します。
以前学習した次図からも4.3kaイベントを見つけられません。

過去16000年間の気候変化
小林謙一 他「縄文はいつから」(新泉社)から引用

5 感想
4.3kaイベントといわれるものの実像がまだわかりませんが、そもそも実像がない虚像かもしれないという疑惑がありますが、学習上は縄文中期末人口急増、急減との関わりを検討する必要がある項目であると強く感じます。
同時に技術用語「4.3kaイベント」は自分の趣味活動視野を世界に広げる、都合の良いキーワードになりそうですから、私的学習戦略上の観点から大いに注視したいと思います。

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