2018年7月27日金曜日

環状集落にみる社会複雑化

「縄文時代 その枠組み・文化・社会をどう捉えるか?」 8

山田康弘・国立歴史民俗博物館編「縄文時代 その枠組み・文化・社会をどう捉えるか?」(2017、吉川弘文館)の学習をしてそのメモを書いています。目次に沿って進めまています。この記事は「7 環状集落にみる社会複雑化 谷口康浩」の抜き書きと感想です。

1 環状集落にみる社会複雑化
本書では次の項目で時期別に環状集落の姿を示して、社会複雑化について論じています。
(1)縄文社会の縮図
(2)前期の様相
(3)中期の様相
(4)後期の様相
(5)社会複雑化の要因

前期、中期、後期の事例図版を使って、その特徴を説明しています。

縄文前期の集団墓と墓域の周囲に残る儀礼の遺構・遺物 山田康弘・国立歴史民俗博物館編「縄文時代 その枠組み・文化・社会をどう捉えるか?」(2017、吉川弘文館)から引用
前期中葉から後葉の時期に集団墓の造営がはじまり、それを中央に取り込んだ環状集落が成立します。同族意識をもった部族集団が組織化され、大規模な集団墓の造営も見られることから広域的な地域社会が成立してきたことがうかがえます。

縄文中期の環状集落と墓群の分節構造 山田康弘・国立歴史民俗博物館編「縄文時代 その枠組み・文化・社会をどう捉えるか?」(2017、吉川弘文館)から引用
環状集落が数多くつくられ、「拠点集落」といえるような大規模なものがつくられるようなります。環状墓群がみられるようになり、環状集落に分節構造がみられるようになります。この様子から「分節的部族社会」と呼ばれる社会構造が想定されます。環状集落の中央墓地に入れなかった人々は谷底平野などに埋葬されていたと考えられます。
二つの分節構造は双分組織の存在を強く示唆しています。

縄文後期における環状集落の解体と特殊遺構の発達 山田康弘・国立歴史民俗博物館編「縄文時代 その枠組み・文化・社会をどう捉えるか?」(2017、吉川弘文館)から引用
後期前葉の堀之内式から加曽利B式土器の時期になると特殊家屋や特殊遺構と呼ばれる類の遺構が現れます。墓域を中心に配石遺構や配石墓が著しく発達し、葬制の複雑化を示す「再葬制」がはっきりみられるようになります。
不平等や格差が拡大し位階的な社会関係が出来上がってきているように思います。

社会複雑化の様子は次のようにまとめられます。

環状集落の変化からみた社会複雑化の過程 山田康弘・国立歴史民俗博物館編「縄文時代 その枠組み・文化・社会をどう捉えるか?」(2017、吉川弘文館)から引用
社会複雑化が起こった要因として、前期の海進期に本格化し中期にピークに達した人口密度の高揚が考えらえます。

2 感想
人口密度増が社会の複雑化を促したという説明は説得力があります。この図書では基本的考え方だけしか示されていませんので、著者の他の図書の学習を是非してみたいと思います。
中期には双分組織が存在していたという著者の考えは、自分の学習で、大膳野南貝塚後期集落の漆喰貝層有竪穴住居グループと漆喰貝層無竪穴住居グループとの関係を考える際重要な論点になると思います。この図書の分節構造、双分組織の説明から受ける私のイメージは、二つの集団が優劣はあるものの基本的に同じ次元で対応するものです。
一方、大膳野南貝塚後期集落の漆喰貝層有竪穴住居グループと漆喰貝層無竪穴住居グループは主従関係(支配-非支配)であるかもしれないとすらイメージしてしまうような関係です。
大膳野南貝塚学習の中間とりまとめ 参照


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