2021年5月24日月曜日

出産土偶の顔

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 10

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「出産土偶の顔」を学習します。

1 屈折像土偶は座産の姿

屈折像土偶とは膝を折り曲げて腰を下ろし、腕を組んだり手を合わせるような姿勢の土偶をいい、これが座産の姿を表していることが詳しく述べられています。


腕部双孔土偶

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

2 出産の表情

「吊り目土偶」が最初に例示され、吊りあがった目とまるい口をした土偶や、顔面把手の顔が吊り目が多いと記述されています。


吊り目の顔面把手

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

さらに「その目とまるい口は出産時の緊迫した表情をとらえているのであろう。腕部双孔や後ろ手と同様に、出産時に息を吹く様をあらわしたまるい口も長い間、出産の表情として土偶に表現され続けたことがわかる。」と説明されています。

吊り目の土偶や顔面把手の顔が出産特有の表情として説明されています。

3 吊り目は出産表情か?

吊り目が出産特有の表情表現であるとする本書記述に疑問をもちますのでメモしておきます。

出産で緊迫した時、産婦の顔は吊り目になるでしょうか?ならないと思います。苦痛に耐えて体全体で踏ん張った時、顔面の表情は「吊り目」で表現することがふさわしいものとはなりません。目を力いっぱいつぶりますから、吊り目ではなく例えば×表示みたいなものになると思います。また口は大きく開く表現がふさわしく、小さな丸い口にもなりません。

吊り目表現は産婦の表情ではなく、産道から今出てきた嬰児の顔だとおもいます。産道と顔(頭)との摩擦で目が吊りあがって見えるのだとおもいます。

4 吊り目の顔が産道から今出た嬰児の顔としたときの土偶解釈

国宝土偶縄文のビーナス(茅野市棚畑遺跡)の顔も吊り目になっています。この土偶3Dモデルを作成した時、次の思考をしました。

ア 下腹部陰刻は妊娠線を表現している


縄文のビーナス下腹部陰刻と妊娠線との対応

縄文のビーナスの下腹部は出産がまじかになった様子を表現しています。

ブログ「花見川流域を歩く」2020.06.28記事「国宝土偶「縄文のビーナス」の下腹部陰刻

イ 土偶縄文のビーナスは女の一生を表現している


土偶縄文のビーナスに見る女の一生

顔は産道から今出た嬰児の顔と理解し、その女性が少女から妊娠、出産まぢかの体まで変化する女の一生の様子を一つの土偶が表現していると考えました。

ブログ「花見川流域を歩く」2019.12.09記事「土偶(国宝縄文のビーナス)(茅野市棚畑遺跡) 観察記録3Dモデル

ウ 土偶縄文のビーナスにかかわる女の一生観念


土偶縄文のビーナスにかかわる女の一生観念

ブログ「花見川流域を歩く」2020.06.29記事「国宝土偶「縄文のビーナス」女の一生の意味

エ 吊り目の顔が産道から今出た嬰児の顔としたときの土偶解釈

ア~ウの思考に基づいて、吊り目の顔面把手について、次のような解釈をしました。


吊り目の顔面把手に関する解釈例

・出産の2画面表現をしていると考えます。産道から今出た嬰児の顔と座産の姿の2画面があたかも1人のように表現されています。

・2画面表現は誕生→成長→妊娠出産という女の一生(女の幸福、女の使命)を暗喩として表現していると考えます。

……………………………………………………………………

参考 縄文中期前半土偶(国宝縄文のビーナス)(茅野市棚畑遺跡) 観察記録3Dモデル

撮影場所:茅野市尖石縄文考古館

撮影月日:2019.09.13

4面ガラス張りショーケース越しに撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.523 processing 59 images(Masquerade機能利用)


2021年5月14日金曜日

縄文人はなぜ巨大な耳飾りをつけたのか

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 9

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「縄文人はなぜ巨大な耳飾りをつけたのか」を学習します。

1 縄文人はなぜ巨大な耳飾りをつけたのか

この章の結論は次の図にまとめられています。


土製耳飾りの構造

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

土製耳飾について、以前学習しましたので、この章はそのまま丸ごと良く理解することができました。

2 以前に行った土製耳飾学習の反芻

2-1 耳朶輪に装着する耳飾の例


マサイ族女性

https://www.pinterest.jp/pin/796926096553960977/


マサイ族男性

https://www.pinterest.jp/pin/675821487826264685/

マサイ族例はいずれも観光客用に耳飾りを装着した写真のようです。


イアリング商品宣伝ページ

webを検索すると、耳たぶに穴をあけ、それを広げて、その穴にはめ込む耳飾商品の英語宣伝ページが多数あります。

2-2 装飾性の高い土製耳飾例


装飾性の高い土製耳飾例

縄文後期終末土製耳飾(千葉市内野第1遺跡)2点

右:番号34、最大長7.2㎝、最大幅5.6㎝、最大厚2.2㎝、重量40.2g、刻目列、刻目瘤

左:番号36、最大長7.0㎝、最大幅5.2㎝、最大厚2.1㎝、重量58.7g、刻目列、刻目瘤

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

撮影月日:2020.08.20

ガラス面越し撮影

2-3 千葉市内野第1遺跡出土耳飾分析

以下はブログ「花見川流域を歩く」2020.09.15記事「内野第1遺跡土製耳飾の最大直径別出土数と装飾性との関係」の抜粋です。

ア 直径別装飾性分級


●最大直径1.0~3.4㎝(少年少女)

装飾性高…有文のもの

装飾性中…無文で中央部穿孔のあるもの

装飾性低…無紋で中央部穿孔のないもの


●最大直径3.5~5.9㎝(青年)

装飾性高…円形で全面有文のもの

装飾性中…環形で有文のもの

装飾性低…円形または環形で無文のもの


●最大直径6.0~8.4㎝(壮年熟年)

装飾性高…滑車形で有文のもの

装飾性中…環形で有文のもの

装飾性低…円形または環形で無文のもの

イ 最大直径区分別の装飾性


最大直径区分別(=世代区分別)の装飾性分級


最大直径区分別(=世代区分別)の装飾性分級(割合)

ウ 世代区分別に装飾性分級の割合が変化する理由

現時点では次のような状況を空想します。

【装飾性低装着の人々】

・装飾性低の耳飾を装着していた人々は社会下層に位置付けられていた。その社会位置を示すものとして装飾性低の耳飾装着を義務付けられていた。

・社会下層の人々はそれ以外の人々と比べ食糧事情など生活環境が劣悪であり、また危険や不衛生な仕事に携わる機会も多く死亡率が高かった。

・さらに犠牲(人身御供など)が必要な場合は社会下層の人々が主にその対象となった。

・したがって少年少女では装飾性低は一番割合が多いが、青年になると少なくなり、壮年熟年ではさらに割合が減少し、少年少女の半分近くになる。

【装飾性中装着の人々】

・装飾性中の耳飾を装着していた人々は社会の中核をなす人々つまり一般住民であり、その社会位置を示すものとして装飾性中の耳飾装着を義務付けられていた。

・装飾性低や高の耳飾を装着する人々(下層民、指導層)の死亡率が高いため、壮年熟年になると相対的に一般住民の割合が増える。

【装飾性高装着の人々】

・装飾性高の耳飾を装着していた人々は集落の中で高位的、指導的、祭祀執行的な立場にある上層民であり、一言で特徴づければシャーマンとその家族であった。シャーマンは装飾性高の耳飾装着が義務付けられていた。

・シャーマンは霊力を失ったときには殺されたりしたため寿命が短かった。そのため壮年熟年になるとその数が減少した。

3 感想

過去学習を今読み返してみると、まだ1年もたっていないのに、分析学習(的な空想)を大いに楽しんだ様子が思い出され、懐かしさをおぼえます

当時の学習では例えば次の文様の意味が判りませんでした。


後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)

加曽利貝塚博物館 ミニ企画展示「県内縄文遺跡展 -千葉県の縄文時代研究を彩った遺跡たち- 君津市三直貝塚編」で撮影

今思うに、これは玉抱三叉文そのものであり、全国展開している文様のようです。今後、耳飾文様の理解などの学習を深めると面白いようだと、設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」読書をきっかけに感じました。

2021年4月29日木曜日

山形土偶からみみずく土偶へ

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 8

この記事では設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「土偶の誇張表現」を学習します。

1 山形土偶からみみずく土偶への変化

関東地方縄文後期の山形土偶からみみずく土偶への変化について本書ではとても興味深い分析をしています。その分析を自分なりに理解すると次のようになります。


山形土偶からみみずく土偶への変化に関する記述の理解

関東地方縄文後期中頃の山形土偶から後期後半のみみずく土偶に変化していく時に、頭ががどんどん大きくなり、土偶がキャラ化(ゆるキャラ化)しているという示唆が述べられています。またみみずく土偶の頭には漆塗りの湾曲した櫛が2つから3つ刺さっているという推察が述べられています。

この興味あふれる記述に大いに刺激を受けて、自分も山形土偶とみみずく土偶の比較をしてみました。

2 山形土偶とみみずく土偶


山形土偶とみみずく土偶

山形土偶とみみずく土偶を比較して、山形土偶→みみずく土偶で消えたもの、誇張・新たに生まれたもの、残ったものを雑駁ですがメモしてみました。


山形土偶→みみずく土偶で消えたもの、誇張・新たに生まれたもの、残ったもの

山形土偶→みみずく土偶で

消えたもの・・・乳房、妊娠腹、首から下腹部への垂下線→女性性、残酷性

誇張・新たに生まれたもの・・・丸い耳飾、大きな髪形(複数の櫛)→意表をつく造形(キャラ性)

残ったもの・・・丸い目、丸い口、異常位置の短鼻、脚の輪切り線→残酷性から造形性に転換?

山形土偶にある乳房、妊娠腹がみみずく土偶では消えていますから女性性が消えているといえます。首から下腹部に至る垂下線はこの女性の腹(体)を切り裂く線と考えていますが、この線がみみずく土偶では消えるのですから残酷性が消失しています。

一方、丸い目や丸い口は本来断末魔にある女性の半死の白目、血の泡を吹く口であると考えますが、みみずく土偶ではこれに耳飾の丸が2つついて4つの丸による意表をつく造形を作り出しています。目よりも上にあるような短鼻(鼻削の跡)とあいまってユーモラスなゆるキャラ風の風貌になっています。造形の意味が残酷性からユーモラス性に転換しているのだと思います。誇張した髪型と大きな頭部がますます意表をつくユーモラス性を増幅しています。


参考 山形土偶に関する私の想像

3 感想

地母神殺害再生神話に基づく土偶祭祀が、時間の経過とともにゆるキャラ土偶をつかった口当たりの良い祭祀に変貌していったのかもしれません。

縄文後晩期は社会が危機的になったので祭祀が異常に発達したという趣旨の考えが本書でも各所で語られます。別書では縄文後晩期は祭祀でがんじがらめであり、息苦しい社会であったとも書いてあります。しかし、山形土偶からみみずく土偶への変化は縄文後期後半には祭祀が形骸化していた可能性を示唆するかもしれないと想像します。危機的状況にある社会を引き締めるべき祭祀が形骸化して、土偶もゆるキャラ化して、社会の統率が弛緩して、社会が内部から崩壊した可能性の想像を禁じ得ません。

4 参考 山形土偶の3Dモデル

山形土偶(千葉市加曽利貝塚) 観察記録3Dモデル 画像

縄文後期加曽利B3式、千葉市加曽利貝塚南貝塚(Ⅴトレンチ)

撮影場所:加曽利貝塚博物館 常設展示

撮影月日:2020.07.14

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v.5.001 processing 39 images


3Dモデルの動画

5 参考 みみずく土偶の3Dモデル

安行系ミミズク土偶(我孫子市下ヶ戸貝塚) 観察記録3Dモデル

撮影場所:我孫子市教育委員会1階ロビー

撮影月日:2019.08.20

ガラスショーケース越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.506 processing 30 images


3Dモデルの動画


2021年4月24日土曜日

土偶のダブルハの字文

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 7

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「縄文土偶の顔」の「縄文人の通過儀礼」を学習します。

1 ダブルハの字文

この節では土偶と風俗にかんする研究・論争の歩みに触れるとともに、縄文時代に通過儀礼として顔のイレズミ、抜歯などが存在し、縄文後晩期になるとそれらが強化され、社会の危機的状況と対応していることが述べられています。

この中で高山純著「縄文人の入墨」にもとづいて、「ダブルハの字文はイレズミを実際に表現するもっとも古い様式だといっていよい。」と記述されていて、興味が深まります。次の写真が例示されています。


ダブルハの字文の顔のある土器

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


同上拡大

土偶に描かれる様々な文様のなかでダブルハの字文がイレズミと特定された研究について知りたいと思いますが、残念ながら高山純著「縄文人の入墨」はwebで検索しても千葉県立や千葉市立図書館を検索してもありつくことが出来ませんから、いつかありつけるまで我慢することにします。

2 これまで観察した土偶のダブルハの字文

これまで展示施設で観察してSketchfabに投稿した土偶3Dモデルは40弱ありますので、それをざっと見てみました。

ダブルハの字文と思われるもの1点とそれダブルハの字文以外の線分が顔に描かれたもの7点を確認しました。

2-1 ダブルハの字文


ダブルハの字文と考えられる例 

2-2 ダブルハの字文以外の例


「ダブル逆ハの字文」とでも呼べる例


逆「ハの字」で多数線分


逆「ハの字」で線分1本


ハの字+目の下+顎 ?


逆「ハの字」で多数線分


逆「ハの字」3本+目の下


目から放射状

3 感想

これまで口元の逆「ハの字」線分は土偶(女神)が殺害されるときに口から出る血しぶきを表象していると空想してきています。

高山純著「縄文人の入墨」を入手できて読んだとき、どのような感想が自分の中に生まれるのか、超楽しみです。

後晩期土偶は生贄の身代わり土人形(女神)であると想像しています。


2021年4月8日木曜日

黥面 追考

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 6

1 目まわりイレズミと口まわりイレズミ


黥面絵画様式の変遷

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)掲載の黥面絵画様式の変遷をジロジロみているとイレズミに目まわりと口まわりの2種存在に気が付きました。この図に色を塗って判りやすくしてみました。


目まわりイレズミと口まわりイレズミ

2 web検索

1のような観点からweb検索してみました。確かに目まわりイレズミの事例と口まわりイレズミの例ばかりです。別の分類にすべきような例はたまたまかもしれませんが見つかりませんでした。次に代表例を示します。


台湾タイヤル族女性 口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Atayal people」から引用


アイヌ女性 口まわりイレズミ

サイト「VINTAGE EVERYDAY」から引用


マオリ族女性 口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko」から引用


マオリ族女性 口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko」から引用


マオリ族男性 目まわりイレズミと口まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko


マオリ族男性 目まわりイレズミ

サイトWikipedia「Tā moko」から引用

3 感想


目まわりイレズミと口まわりイレズミ

3-1 目まわりイレズミと口まわりイレズミはセット?

・考古資料では目まわりイレズミと口まわりイレズミの双方があるものが多いような印象を受けますが民族事例では目まわりイレズミは男性、口まわりイレズミは女性に分化しているような印象を受けます。

・縄文晩期土偶は女性(女神)を表現している人形ですが、それに目まわりイレズミと口まわりイレズミがありますから、黥面はもともと男女にかかわらず目まわりイレズミと口まわりイレズミがセットで施術されていたのかもしれません。

・台湾タイヤル族女性の額にイレズミが残されていて、目まわりイレズミの名残かもしれません。

3-2 民族例で男性に目まわりイレズミが女性に口まわりイレズミが多い理由

・顔のイレズミの意味が魔除けであるとすると、空想の域を出ませんが、目まわりイレズミは鋭い眼光による威圧感演出に本質を求めることができます。口まわりイレズミは口が異常なまでに大きく開いた様子を演出し、相手を食い倒すという威嚇の様子にその起源があると考えます。

・鋭い眼光による威圧感は実生活における武力にもかかわるものであり、男性にふさわしい特性であることから口まわりイレズミは男性に多く施術されたと考えます。

・大口で威嚇するという動物的な方法は実生活における武力にはかかわらない象徴性が高いものです。武力にかかわらないという点で女性に多く施術されたと考えます。

3-3 縄文晩期土偶の口まわりイレズミと民族事例の類似

縄文晩期土偶の口まわりイレズミは口から耳の方向に伸びています。このパターンと台湾タイヤル族女性イレズミ、アイヌ女性イレズミが似ています。縄文時代女性の顔イレズミの一部が現代にまで伝わってきていると考えます。


2021年3月23日火曜日

黥面(ゲイメン 顔のイレズミ)の歴史

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 5

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「黥面考」を学習しました。顔イレズミの歴史全貌の最新知識を整理したかたちで知ることができました。著者に感謝、感謝です。

黥面絵画の分布分析、3世紀中国史書「魏志」倭人伝記述の分析、黥面埴輪の分析、日本古代における中華思想の分析などを総合して、縄文土偶黥面→弥生時代黥面絵画→古墳時代黥面埴輪という黥面(顔のイレズミ)系統の説明は説得力があるとともにとても面白い説明になっています。

黥面の物的証拠(黥面皮膚の出土)はありませんが、情報と論理を駆使することによって、黥面といわれる出土物が本当に顔のイレズミに対応することを論証しています。


黥面絵画の分布

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用


黥面絵画様式の変遷

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

webを検索したところWikipediaの項目「Tā moko」でマオリ族の黥面図像を見つけました。列島原始・古代の黥面とマオリ族の黥面がデザイン面で通底していることは誰が見ても明らかです。マオリ族黥面にどのような物語がリンクしているのか、いつか調べたいと思います。縄文学習の参考になるかもしれません。


マオリ族の黥面(Sketch of a Māori chief by Sydney Parkinson (1784))

Wikipedia「Tā moko」から引用


マオリ族の黥面 部分 (Portrait of Tāmati Wāka Nene by Gottfried Lindauer (1890))

Wikipedia「Tā moko」から引用


2021年3月16日火曜日

人面墨書土器

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 4

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の方相氏、辟邪の概念に触発されて、過去に熱中したことのある人面墨書土器についてふりかえってみました。

5年前に下にリンクしたような人面墨書土器関連記事をブログ「花見川流域を歩く」にかきました。その時は方相氏、辟邪という概念を知りませんでした。自分の問題意識は土器に描かれた人面が人か鬼(疾病神)というものでした。

ところが、今ふりかえると、鬼(あるいは疾病神)と考えた人面墨書土器例(平城京出土人面墨書土器の例)は、実は方相氏、辟邪であると根本的に疑い始めました。

当時は土器に鬼(あるいは疾病神)を描いて、それを川や溝など結界と考えられるところに置き、「鬼は外」のような気持ちで使ったのではないかと自分を納得させました。

しかし、土器に辟邪を描き、それを結界に置いたと考えると、その方が祈願のあり方として全うです。

土器に鬼(あるいは疾病神)の姿を描くという行為が、鬼(あるいは疾病神)を退治することに結びつくという祈願のあり方は普通ではあり得ないと考えるようになりました。

人を襲い食う鬼や人を病に倒す疾病神が怖がるような辟邪を土器に描き、その土器に辟邪が喜ぶ食べ物を入れ、辟邪が思う存分鬼や疾病神をやっつけるように祈願したのではないかと考えるようになりました。

自画像とは到底考えられない悪相の人面墨書土器は辟邪かもしれないと考えるようになりました。


平城京出土人面墨書土器の例

「古代人の顔と祈り」橿原市博物館講演会資料(奈良文化財研究所 森川実)から引用

千葉県出土人面墨書土器の多くは自画像で、国神(国玉神)に延命をお願いし、延命をお願いするものがこの顔ですと自画像を書いたといわれています。


千葉県出土人面墨書土器例1


千葉県出土人面墨書土器例1

方相氏、辟邪はその後鬼に零落するようですが、墨書土器の時代はまだイキイキとした方相氏、辟邪が活躍していたに違いありません。

ブログ「花見川流域を歩く」の人面墨書土器関連記事

2016.04.24記事「人面墨書土器の人面は人か鬼か?

2016.04.25記事「千葉県出土人面墨書土器の人面は祈願者の自画像

2016.04.27記事「珍しいイスラム人面画を触媒とした人面墨書土器の意義再考察 その1

2016.04.28記事「珍しいイスラム人面画を触媒とした人面墨書土器の意義再考察 その2

2016.08.25記事「上谷遺跡 人面土器・多文字土器出土の特徴

2015.05.07記事「八千代市白幡前遺跡 墨書土器の文字の意味


2021年3月10日水曜日

笑う盾持人埴輪

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 3

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「方相氏と「鬼は外」の起源」で、弥生時代に紀元前漢帝国からもたらされた辟邪(へきじゃ)[邪悪なものを退散させる想像上の動物]としての方相氏について学習しました。その事例の一つとして笑う盾持人埴輪が説明されています。笑う盾持人埴輪の写真が印象に残り、濃い感想が生まれましたのでメモします。


盾持人埴輪

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

図書では、盾をかざした威嚇表現なのに笑っている理由を、天鈿女(あまのうずめ)が笑いで猿田彦の眼力に立ち向かった神話を引き合いに出す、辟邪説で説明しています。

笑いに辟邪の意味があるとすれば、その笑いは攻撃的、破壊的であり、相手に恐怖心を与え、相手の闘争心を萎えさせるものです。

盾持人埴輪は、相手(邪悪で強力な侵入者)よりも、それに立ち向かう自らの方がはるかに武力、知力、気力が優っていて、その自らの圧倒的優越性を相手心理に直接知らせるための手段として笑いを使っているのだと思います。

実際に戦えば相手を確実に圧倒殲滅できることを確信しているので、その確信に一点のくもりもないので、その自らの意識を笑いという手段で相手に直接提示したのだと思います。笑いの本質の一つに相手に対する優位性表現があることは万人が理解しています。

盾持人埴輪は実闘争の前に心理戦、情報戦で勝利している様子を表現していると考えます。

古墳社会における闘争において心理戦、情報戦が行われていた様子をこの盾持人埴輪は伝えていると考えます。


2021年3月6日土曜日

方相氏

 設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)学習 2

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の「方相氏と「鬼は外」の起源」で、弥生時代に紀元前漢帝国からもたらされた辟邪(へきじゃ)[邪悪なものを退散させる想像上の動物]としての方相氏に関する、日本における詳しい展開を学習することができました。私にとってはほとんど知識がゼロの分野ですからとても新鮮な学習となりました。興味を誘う魅力的な文章展開は発掘情報と豊かな文献情報がしっかりと結合しているから生まれたのだと思います。

私が理解した情報のなかで特段に興味のあったものを列挙します。

1 紀元前漢帝国の方相氏


方相氏が描かれた画像石

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

人を食っている巨人に立ち向かう方相氏が描かれています。方相氏はこの絵のように人間離れした獣のような姿や頭に武器を乗せたり、あるいは突起のようにかさ上げした頭部など異様にした姿で描かれます。異様な姿や憤怒の姿で邪悪を退散させます。

2 弥生時代終末3世紀纏向遺跡から見つかった木製仮面


木製仮面(桜井市纏向遺跡出土)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

木製仮面出土土坑から盾の破片や鎌ないし戈(か)の柄の木製品が出土していて、木製仮面をつけた方相氏が活動していたと推察できます。

3 盾持人埴輪


盾持人埴輪(下は仮面をつけている)

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

古墳時代に古墳を邪悪から守るものとして盾持人埴輪がつくられたが、方相氏に起源を持つと考えられます。

4 平安時代の方相氏


法隆寺の乾闥婆面

設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)から引用

平安時代の方相氏は黄金の四ツ目仮面をつけて赤と黒衣装の大男で、邪悪を退散させる儀式の役を演じたことが記録にのこっています。

方相氏は節分の豆まきや歌舞伎の見得ポーズや相撲の四股と深く関連しています。

また方相氏のすさまじい形相やいでたちが誤解・曲解され、方相氏はその後、鬼に転落(零落)しました。

5 感想

2021.03.04記事「設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)を読み始める」で引用した一つ目墨書土器の一つ目生物が壁邪であることがよくわかりました。

つづく