2020年3月17日火曜日

旧石器時代における列島へのヒトの移動・渡海ルート

山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)学習 4

「プロローグ 縄文時代前夜」の最初に旧石器時代におけるヒトの列島への移動・渡海ルートの説明がありましたのまとめてみました。

1 最終氷期の古環境
・寒冷で海水の量が少なく、現在より海面が100mほど低かった。北海道はサハリンとともに大陸とつながり、この半島を古北海道半島と呼ぶ。本州・四国・九州はつながり、これを古本州島と呼ぶ。沖縄本島などは島しょ部であった。
・列島は針葉樹が主で植物資源は少なく、人はマンモス・ナウマンゾウ・オオツノジカなどの動物資源を追い求めて列島へやってきた。

2 列島への移動ルート
・旧石器時代は大型石核石器を主体とする前期旧石器時代(12万年以前)、定型的な小型剥片石器を使用する中期旧石器時代(12万年前~4万年前)、石刃石器を使用するようになる後期旧石器時代(4万年前~1万5千年前)に区分できる。
・人が列島に登場した約4万年前は後期旧石器時代のあたる。
・列島への人の移動ルートは西回りルート、北回りルート、南回りルートの3つが考えられる。

旧石器時代におけるヒトの移動・渡海ルート
・西回りルートは韓国と同じ剥片尖頭器が西日本でも出土していて、確実である。
・韓国では前期・中期旧石器時代に遡る遺跡が確認されていて、古本州島に人が渡来した可能性がないわけではない。このルートが一番古い。
・北回りルートの存在は北海道中心に確認される細石刃剥離技法である湧別技法の分布範囲から証拠づけられる。湧別技法はロシア・バイカル湖周辺に起源を持つ。北海道から末端は島根県域まで達する。この石器群は荒屋型彫器を伴う。

湧別技法
山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)から引用
・北回りルートには人の移動が伴っていたと考えてよい。
・南回りルートは未解明である。旧石器時代に属する人骨が石垣島から出土しているが、石器群は確認されていない。
・沖縄本島サキタリ洞遺跡かあ23000年前の貝製の釣り針が出土している。旧石器時代における貝製品、海産資源の利用は北回り・西回りルートと異なった文化的特徴として注目される。

3 感想
・古北海道半島、古本州島というテクニカルタームを知りました。
・湧別技法の分布などについてより深く知りたくなりました。
・かつて、旧石器時代の海産物利用は「無かった」という説明に反発したことがありますが、「あった」のであり、当然です。列島における旧石器時代の海産物利用にかかる遺跡はほとんどが海抜マイナス100m付近までの海底に沈んでいるということです。
2016.04.23記事「旧石器時代人はアサリ・ハマグリを食べなかったか?

0 件のコメント:

コメントを投稿